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2009年2月

指輪

自分では、じいちゃんのお世話をそんなに身をいれて、しているつもりはなかった。
けれども、実の息子である旦那も、答えられんあれこれが。
じいちゃんのこまごまを聞かれたときにすいすいと答えられる自分に非常に驚いた。
幾多の入院の付き添い。
呼び出しの時のお世話などなど。
結局、一番、頻繁に接してたのは自分だった。
おうちのここに何があるかとか、あれがどうなってるとか。
なんでか、知ってる私。
でも、ね。
息子が言ってた、じいちゃんが常に、指に、はめてたぶっとい指輪。
あれが、どこ探しても見つからんのよ。
私にも秘密なじいちゃんの姿、知ってる人がこの世のどこかにいるかもしれんね。

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孤独死ということ。

義父が亡くなった。
一人暮らしのじいちゃんは、まだまだ、お元気だった。
そんなじいちゃんは、1月末に病院の定期検査に付き添ったばかり。
今度の定期検査は、7月。
まさか、その日が永遠にこなくなるとは、一秒たりとも思ったりしなかった。

いつものように、ご機嫌伺いにお昼に伺った。
直前に電話するも、出ないから、少し変だとは思ったが。
結局、玄関もしまってるし。
仕方なく、裏口から鍵をあけて、ドアをあけたら。
そこの台所に倒れてた。

晴天の霹靂。
目の前真っ黒。
驚天動地。
心臓ばくばく。
目から大量の涙。
しばらく大パニック。

そんな感じで、おうちですでに亡くなってるということは。
とても、大変なことになる。
まず、警察をお呼びして、事情聴取を受ける。
名前、住所、本人との関係、あけたときの状況とつぶさに聞かれる。
そして、刑事さんがやってきて、おうちのなかの調査。
本人の調査。
貴重品のありかなども聞かれる。
いちいち確認される。

そして、病院の先生の診断。

で、やっと、じいちゃんは、解放された。
ほんに、亡くなってるとはいえ、ご苦労様といいたくなる。

それから、葬儀屋さんを呼んだ。
葬儀屋さんは手慣れたもので、いろんな手続きをテキパキとこなす。
(それが仕事だ。当たり前か。)

おつや、葬儀と滞りなく、こなし、遠い親戚の方々にも粗相なく勤め、腰をおろす暇もなく、借家のひきわたし。

不動産と大家さんとの立ち会い。
ところが、最近は、一人暮らしの老人が多いらしく。
不動産は愚痴る。
知らないうちに亡くなっていて、親族に連絡してするも、遺体を引き取りにこない。
ましてや、年をとって、危ない一人暮らしは、火事その他で危なくて、目を見張っていなくてはいけないので、大変。
おたくは、きちんと、されてて、よかったと・・。
ひぇー、そんなことで、褒められても。

なんだかねえ。
いろんなことを考えさせられた。
もちろん、誰にも迷惑をかけずに一人暮らしをすることも悪くはないとも思う。
が、当人が亡くなったあとは、当然、当人は、動きたくても後始末は、できない。
ですから、絶対、人の手をわずらわすことになる。
あちらに近づいてからでは遅いということだ。
今のうちから、少しづつ、整理して、あちらに旅立つとき、身ひとつになるように心がけないとね。

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