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2009年10月

青に候(清水辰夫)

Aoni
台詞がふに落ちない。
なんだか、現代人が江戸にタイムスリップしたような無理やっこ、時代劇風なしゃべりをしてるような感じなのだ。
その点は、気にしないことにして、とにかく、こういう読み物は、楽しむ方がいい。
時代劇特有の人情味あふれるちょっと困ったさんだが、憎めない所行などなど。
そういうものがてんこもりかと思いきや、悪いやつは、とことん気分悪いほど、困ったやつだし、うーん、ストーリーがそこまで面白くないわけじゃあないんだけどなあ。
他を見てるから、そう思うのかもしれないが。
藤沢周平の刀使いの場面はスリル満点、ぞくぞくと鳥肌たつほどだし。
宮部みゆきの時代ものにしても、とんでるストーリーでないのに、読了がほんわかしたりする。

これはこれなりにあっさり味わい篇だと思えば、ま、楽しめるだろうか。

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相島

Ai4 ご近所なのに、一度も踏み入れてないなんて、罪なことだわ。
このたび、相島めぐりの行事に参加することができた。
ほんのそばに見える島なのに、歩いていけない。
島とはなんと不便なことよ。

船着き場から船に乗る。
たったの15分程度で着く。

乗り込もうとする私たちの横に救急車が到着。
えっと、私たち、ビョーキ持ちはいません。
と、船着き場を見ると、マイ漁船に横たわる屈強な中年男。
島には、救急施設がないのね。
それで、漁船でつれてこられて、救急車に運び込まれるみたい。
島の生活をかいま見たような気がした。
その出来事をあとに、船に乗る。

船は、揺れる。
横揺れ。縦揺れ。ななめ揺れ。
これぐらいたいした揺れじゃないとオモウ。
けど、上にいって、下に落ち込んだ瞬間のこれは、体中の水分が行き場を失って混乱した気持ち悪さ。
とりあえず、しゃべりつづけた口のおかげで、酔わずにすんだ。

船からおりると、暑い。
秋というのは、こんな暑かったか・・・。
肌がじりじりじりと焼けつく。
日傘をさしてなお、暑い。

初めての島。
平日なのに、釣り人だらけ。
みんな一様に長いさおにクーラーバック。お定まりの釣りキチスタイル。
その中で違和感めだつ中年軍団。もしくは、おばちゃん軍団。
島に詳しい案内人のあとをぞろぞろとついていく。
港のところに食堂がひとつ。購買店がひとつ。
ここをすぎると、トイレもない。ジュースの自動販売機もない。
だすものはだし、補給するものは、ここですべしとのご達し。

まず、港沿いを歩いていくと、昔の堤防のあとの石が連なる。
今は、埋め立てをして、小学校の運動場も広がったらしい。

めざとい私たちは、真珠の文字に目がひかれ、予定のない見学を責任者にお願いする。
ミキモトという会社が海のきれいさに目をつけて、養殖にとりくんでいるらしい。
とにかく、三年五年という長きに渡り、育つ真珠。
早い安いいいものという時代のニーズにあってるのかあってないのか。
それでも、きれいもの好きにはうれしい見学会である。
といっても、今回は、海につかってたこんぶだらけの中のあこや貝の姿を拝見しただけで・・・。ちと、物足りない・・。が。

そこをすぎて、坂をあがっていくと、海がひらけてた。
要は島をぐるりと歩いてるだけなんだけど。
なんだか、人の入らない道は、草ぼうぼうも人の背丈なんてもんじゃなく、やぶのようにしこっている。
ここがなんたらという由緒のある神社といわれても、整備されてない石の階段はすごいことになってる。
勇気ある、根性ものの、おばちゃんは、のぼっていったりしてたが。
お上品な私には、とてもムリムリ♪ん?

Ai5 積み石古墳群というレッキとした歴史的発掘現場にも足をのばす。
けど、海岸沿いに広がる石だらけの景色に、ど・どこが・・・?
よくよく見ると、赤いくいに四角い穴があいていて、そこに死体をおいてたそうな。
かなり、すごい。
それが見えなくなるくらい遠くまでつづいてるそうだから。
昔の人は、何考えてたのか・・・・。
それをまた、きちんと、形にしてることも、ご苦労半面、えらいこっちゃ!

島の裏側まで歩いていくと、道から崖側に登り口があり、ぎょえーっという絶壁にいきつく。
穴観音といって、絶壁から、崖下におりていくと、観音様を祀ってあるらしい。
そこまでいけない人のために途中にほこらがある。
松の木や他の樹木が風で、横になびいている。
面白い。
ここに暮らすと、人間もびろーんと、体がゆがむとか。は、ないか。
とんびがかなり間近にせまってくる。
ここは、人間のほうが珍しいのかもしれん。

とにかく歩いた。
だって、車が通らないんだもん。
おまけに人も通らない。
すれちがう人もいない。
ひとりで、歩くとかなりこわい。

唯一、でかいカメラを抱えた自称鳥をとってますという二人連れに遭遇。
なんでも、野生のかわった鳥がいるとか。
見せてもらったけど、んー、あんまりわからんかった。
すずめのでかいやつというか・・。

波止場にもどると、ねこにゃんがいっぱい。
それも、毛並みがいい。
まっしろふわふわ。
黒いけど、目がくるり。
やたら、かわいい。
ほんとに、雑種?
というくらいの美猫そろい。
なんでも、人の数より、猫の数が多いらしい。
やろね。
釣り人がいるし。
Neko1 えさには困らないし。
人なつこさは天下一品。
うにゃーんと、足にすりよってくる。

そんなこんなで、全島制覇。
7キロくらい歩いたらしいけど。

島って、この時代の忘れ物みたいに時間のとまった感じがする。
不思議だ。

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コバエトリ名人

涼しくなってきたのに、なぜか、コバエが大発生。
なんか、なまぐさいものでもあるのかいな。
で、数年前も発生したときは、市販のコバエホイホイなどを使用してみた。
ところが、超くさったにおいに悩まされただけ。
コバエ、元気はつらつ。
とんでまわる。
あちゃーっ、いかんやろ。投資をどぶに捨てるようなもんやろ。
というわけで、今回は・・・。
楽しいハエトリグッズを探してみた。

ペットボトルのくびれをぶったきり、中表にさしこむ。
(想像してみよう・・下の部分に上の口をしたにして、さしこんだ状態)
そして、中にコバエさんの大好きなちょい腐ったものをいれる。
ちなみに、何かのゆで汁をいれてみた。

それと、試してみたいもの、もひとつ。
使い捨てになりそうなプリンくらいのカップにお酒を21センチくらい、つぐ。
そして、洗剤を数滴。

はたして・・・。
な・なんと。
どちらも、コバエさん、いらっしゃーーーい♪状態。
すばらしい効果。
中にプカリプカリ浮かぶ、コバエさん。
か・かわいそ・・なことはない。
うっしっし。
このまま、捨てれば、いいのだ。

そう、何より、いやなのは、殺虫剤で殺したら、したに落ちた死骸をひろうというあとかたづけがね。いやだったのだ。

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海辺のカフカ(村上春樹)

ふつう、目に見える状況だけで、考えれば、単純な事柄に見える。
少年は、家出をし、たまたま、図書館の人に助けられて、そこで何日か過ごす。
その間に父親が亡くなり、一段落して、うちに戻る。
たった、それだけのことが、少年が体験したことは、ものすごく、違ってた。
もっとも、そうはいっても、現実に即してしまえば、ほとんど、ありえない世界でもある。
しかし、人の体験することというものは、果たして、目に見えることだけだろうか。
内面的な事柄をいろんな状況に照らし合わせていくと、どのようなことも可能だろう。
それがだめな人もいるかもしれないが、そうでない人にとっては、かなり、魅力的な本である。
やはり、それを村上ワールドと定義つけてもいいのか・・も。
根底にあるのは、違う本でも表されていて一貫している。
それを深く共感できるのであれば。
そして、それが嫌悪感なく受け入れできるのであれば。

あるいは、15歳という年齢は、大人になりきれる前の初めての経験という意味からでも、新鮮でもあり、躊躇なく、危ないことでも、とびこめるという利点がある。
成長途上のまぶしいきらめきがある。

登場人物も実は、少し、おかしい人ばかりである。
が、所詮、人間というのは、実直無害、100パーセント完璧というのは、ない。
から、おかしいところを自分で、認め、しかも、それを前面に出してしまえるということは、生きるということに前向きになれる。
そんな励ましみたいなものも感じられたりする。
まっすぐに進んでいける生き方というのは、とても、幸せなことである。
これはいけないことではないだろうかと自分を戒めて、とりあえず、安直な道を選ぶと、過去に何か残してしまうものがある。
きれいに昇華してしまっていけば、寿命がつきた時も何も残らない。

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1Q84 BOOK1(村上春樹)

そうだな。村上春樹は、こんな感じかな。
現実とニアミスしてるようなストーリーの展開と、ひとつひとつの言葉の心地よさと。
かなり、エッチな部分も内包しておきながらも、すれすれの部分での本質もついている故の爽快感。
といったらいいか。
この年代ならではの歴史的事件の納得のようなぞくぞくしたものだとか。

会話の妙味も楽しむのもいいし。
人物設定の魅力もあるのかもしれない。

暗くじめじめした雰囲気にはならず、かなりなところも、ユーモアもあるしなあ。

ひとつづつ、ストーリーを追いながら、書いてゆくときりがないけれども、そうはしなくても、丸ごと楽しめるというのもこの人ならではだろう。

久しぶりに二度読みした。


タクシーで高速にのると、大渋滞につかまったから、始まる出だしは、未来を暗示させるものであったのだろうか。
タクシーの運転手の言葉も意味深だけれども、符牒のようなことばがあちらこちらとでてくるあたりは、精巧にまとめあげられた数式のような気持ちよさがある。
すべてのものがあとあと、きれいにまとまっていくのではないかと思わせる読み手の興奮を考えながらではのストーリー展開は、さすがだなと思う。
本をしたにおいての上からの感想は、こんなものだけれども、いざ、物語の中に入ると、そして、自分の経験を照らし合わせながらの気持ちよさといったら。
やはり、これは、この年代の人に強くおすすめしたい。
読む度合いの強さが違ってくるのではないか。
とかとか。
まあ、読書というものは、自分との対峙であったりするわけだけど、この本なんか、特にそう思える。
自分の半生をなぞっていく作業というようなね。
必ずしも同じではなくても、パラレルワールド的には、こういうこともあり得たかもという・・しかし、絶対あり得ないことではありますが。
闇に葬られた見えない部分という意味では。

それにしても、もっともっと、根が深い時代の世相も反映してるあたりは、読みながらもうなってしまう。

だらだらと書いていくときりがないが、とにかく、だらだらと何度読んでも、いいのかもしれない。

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