しろばんば(井上靖)
あまりにタイトルが有名だと読んだ気になったりするのだが、これもそうだった。
読み始めて、やっぱり、読んだこと、なかったのに気づく。
大正の頃の話なので、私の親の世代くらいの話になりそうだけれども。
こどもの感受性という意味からは、今でも昔でも一緒だから、関係ないかもしれない。
もっとも、現代の子供からすると、違和感ありまくりで、さっぱり、雰囲気がつかめないかもしれないが。
うちの田舎の情景は、この本の中にある生活に似ているかもしれない。
親の世代の話なんぞ、まさしくこんな感じだ。
少年が生まれて初めて遭遇する日常のかかわり合いが回りの人との接点によって、成長していく。
出来事は、そこまで、劇的なことがあるわけではないけども、ひとつひとつが実に心の糧になっていくさまは、読んでいて、無理がない。
なんだか、こういう本が当たり前だということにあらためて気づかされた思いだ。
洪作が主人公だが、おぬい婆さんの生き方がすごすぎる。
洪作の曾祖父の愛人だったおぬい婆さんは、その家の蔵に幼い洪作と共に住む。
洪作も実の親よりも、おぬい婆さんになついてしまう。
幼い洪作は、おぬい婆さんが一番の理解者だったけれども、大きくなるにつれて、親や祖母やおばさんやおじさんにも影響をうける。
中でも、棚場のじいちゃんの生き方に感銘を受ける。
変人で通ってるじいちゃんは、日本でも有名な椎茸栽培の一人者だった。
そして、香椎という地名がその椎茸栽培の産地だったことをあらわしている!って、ほんと。って、びっくり。松本清張の点と線で香椎が出てきたとこも感動もんだったけど、こんなとこで、香椎が・・♪
成長していく洪作と、おぬい婆さんの老いがどんどん対比されてしまう。
今までは、洪作がおぬいばあちゃんに庇護されていたのに、腰がまがり、がんこになっていくのに、哀しかったり、いらだったり。
そんなおぬい婆さんの洪作にたいするかわいがりようは、やはり、ばあちゃん子と言われそうな甘やかし方でもある。
それはうらを返せば、惜しみない愛情をかけられてるということかもしれない。
物質がどれだけ裕福になったとしても、人の愛情という子供に不可欠な要素は、関係ない。たんたんと進んですくストーリーに無愛想なおじさんやら、むかつく言い方をするおばさんがことばとは裏腹にあたたかいものをもっていたと気づくところなどは、今、一番失われてるものではないかと思ってしまう。
ふと、こんな、情緒の機微は、もしかして、理解できない人がいたりするのではないかなとも思う。
ひさしぶりに本とはこういうものだったということを合点したような気がする。
読みながら、読んでる時間が、きちんと、本とともにあるという安心感がこれにはある。
それにしても、おばあちゃんは生き字引というのは、生きてこそである。
つい先日、祖母を亡くしたのだが、その祖母が若いときのことを語ってくれたあの話、この話、小説よりも、身にしみた。
なんてったって、それは、私の血にも流れているのだから。
口伝えというのは、レトロかもしれないが、間違いのない伝承なのではないかと思ってしまう。
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